今の特別養護老人ホームも昔も根本は変わっていないように思います。
お年寄りが安心して過ごせるような環境作りはやろうとしていますがどうしても空回りしている所もあります。
いくら入居者重視の介護と言ってもどうしてもそれは無理があるのかも分かりません。
それは一人一人に十分に目を向ける事は出来そうにないからです。
それでもそう言う方向で福祉が動いている以上無視する事は出来ないのです。
それぞれのパーソナリティを大切にする事は私は昔から感じていました。
それが出来たら誰も苦労はしないのです。
昔のように介護をする人ありきの体制は変わっていると思いますがどうしても介護してもらっているという弱者の気持ちはついて回るのです。
パソコンを教えるという事をやっていましたがもちろん素直な人もいればそうでない人もいます。
こちらがいくら丁寧に教えようと思っても耳を貸してくれなかったらそれはそれで受け入れるしかないのです。
無理矢理覚えてもらおうという考え自体我々の気持ちを押し付けている事になるからです。
職員はそれに気がついているはずですが、それでも教え続けているのです。
そのあり方に私は疑問を持ちました。
それでいいのでしょうか。
特別養護老人ホームは姥捨て山と言われていました。
最初私はそれを聞いて耳を疑いましたがそれが事実である事が分かったのです。
どうしてかというと家族は入れる時とそれからしばらくは来ますがだんだん足が遠のいてしまうのです。
見てくれている人がいるので行かなくてもいいだろうと思うのでしょう。
自分は大切に育ててもらっているのにそれが親に対する態度なのかと私はそう思わずにいられませんでした。
そして言い訳は決まって仕事が忙しいからでした。
それが言い訳以外のなんでしょうか。
しかしそれを言われてしまうとこちらは引き下がるしかなかったのです。
そうかも分かりませんがそこを何とかお時間を作っていただき来てもらえないでしょうかと生活指導員が頼み込んでいる様でした。
彼とは同期で入っていましたがそれ専門の大学で学んでいましたのでいろいろ教えてもらいました。
人を上の目線で見てはいけない事も教わったのです。
同じ目線に立って話す事は強く言われました。
それは聞いていたら分かりますので何も言えませんでした。
してあげるという言い方は人を見下げているという事です。
それを無意識に使っている人がいるのはやはり教育のあり方がどうかと思います。